実に大人の対応。
▼ダライ・ラマ14世が会見、チベット暴動で国際調査を
【ダラムサラ(インド北部)=永田和男】インド亡命中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は16日、本拠を置くダラムサラで記者会見し、中国チベット自治区での暴動を中国当局が鎮圧した問題について、原因や死者数を把握するため、国際的な独立調査団が直ちに現地入りすることが望ましいとの見解を示した。
ダライ・ラマは会見で、チベットでは歴史遺産が危機に瀕しているなど「文化的虐殺が起きている」と述べ、中国当局を批判。「中国側とチベット人側はともに一歩も引かない構えで、私は1959年3月(のチベット動乱時)と同じ気持ちを味わっている」と述べ、6か月間で8万7000人が死亡したとされる、49年前の大動乱に匹敵する事態の再来に強い懸念を示した。
中国側が、暴動の背後にダライ・ラマ自身がいると非難していることについては、「どうやってチベット内部にそんな影響を持てるのか」と強く否定した。
北京五輪については、「世界最大の人口を持つ文明国である中国には、開催の資格はある」と述べ、中止やボイコットを求める考えはないと表明した。
《讀賣新聞3/17速報より、写真も》
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ここしばらく、チベットでの騒動の報道が続いています。週末は自宅で娘と格闘しながら、横目で注目していました。今やチベット自治区だけでなく中国の他の省、世界各地でのデモへと飛び火しており、いっそう予断を許さない状況になっています。
また、新聞紙上でも扱いが大きい、というより、多くの面に関連記事が散りばめてありますね。良くも悪くも、日頃光が当たらないチベットにこのような注目が集まることは、大変重要です。
近年チベットが経験した悲哀を詳細に綴った作品として、依然としてマイケル・ダナム著・山際素男訳『中国はいかにチベットを侵略したか』(講談社インターナショナル、2006年3月)を超えるものは出てないようです。
本文に先立ち、2つの興味深い見開きの地図があります。まず、「中国侵攻前のチベット」、次に、「中国侵攻後のチベット自治区」。自治区とされた事実に加えて、チベット固有の地域がいかに縮小されたか(→青海省、甘粛省、四川省の一部に分割)がよくわかります。
「中国にとっては五輪開催を控えた最悪のタイミング」などという言い方もされていますが、中国が抱えている火種なんてチベット問題以外にもまだまだありますから、そんな同情的にならなくてもよいかと。メディアを全面的にコントロールすることで、なんとか体面を繕っている疑似国家です。より最悪のことが、これから起きる予感。
さて、あまり話題になりませんが、中国の現国家主席である胡錦濤氏は、チベット自治区と深い因縁があります。1989年に同自治区で起きた「3月暴動」を、戒厳令を敷いて弾圧したのは、当時チベットの共産党書記であった胡氏です。この「功績」で名を揚げたのがきっかけで、今の独裁者としての地位があるわけです。
ですから、鎮圧する対象は以前と同じである一方、本人は今や国家権力そのものですから、今回はためらうまでもないでしょう。どこまで弾圧を徹底し事実を捻じ曲げ続けるか、今後も楽しみです。

これまた重要文献である相馬勝著『中国共産党に消された人々』(小学館、2002年4月)の第6章には、ノーベル平和賞決定直後のダライ・ラマ14世に対する著者(当時産経新聞社)によるインタビューが、短いながらも掲載されています。
その数ページ後には、1994年7月に北京で開催された「第3回チベット工作会議」で決定された、5つのチベット抑圧政策が明記されています。内部文書からの出典ですが、この決定によって最も根本的な政策変更が行われ、直後にチベットに対する弾圧が明らかに強化されたのは、なかなか興味深いリンクです。
その5つの抑制政策の要点(箇条書き)を、そのまま書いておきます(同書144-146頁)。
◎修道施設の監視・管理強化など宗教活動の広がりの抑圧
◎独立派への協力者との疑いがある官吏らの特定
◎ダライ・ラマに対する前例のない攻撃的なキャンペーンの立ち上げ
◎漢民族主導で、チベットの急速な経済成長を進める政策の完全な承認
◎学校でのイデオロギー教育の強化、社会主義的発想の学習(の目的化)
・・・なるほど。
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