はいはい、どこの国のアジビラ?
▼①南大門炎上―韓国の悲しみを思う
かつて、こんな社説があった。
「祖先からうけついだよき遺産は、決して現代人の専有物ではない」
「国民も国会も政府も、文化国家としての自己の姿を、もう一度直視する必要があろう」
1950年7月3日、「国宝を焼く」と題した朝日新聞の社説である。
前日、京都の金閣寺が若い学僧の放火で全焼した。そののち、この事件を素材に三島由紀夫や水上勉が小説を書くことになる。当時の日本人にとって、実に衝撃的な出来事だった。
こんなことを思い出したのはほかでもない。韓国の国宝第1号で、ソウルの正門として日本人観光客にもなじみの深かった南大門が放火で全焼したからだ。
金閣寺と南大門はともに14世紀末にできた木造建築だ。幾多の戦乱を乗り越えて生き延びてきた点も似ている。今回の炎上を目の当たりにしたソウル市民が「子孫に顔向けできない」と嘆く姿を見ると、とてもひとごととは思えない。
南大門は日韓のさまざまな歴史を見つめてきた建物でもある。
16世紀、豊臣秀吉軍が朝鮮を侵略し、首都の王宮が焼失した。その際、加藤清正らが南大門から攻め込み、東大門からは小西行長らが入った。
1910年の韓国併合後、日本は王宮を覆い隠すように朝鮮総督府の大きな庁舎を建て、権勢をほしいままにした。
それでも残った南大門である。修復を繰り返したとはいえ、この巨大な門を見上げると、苦い記憶も含めて、いや応なく過去の日韓のかかわりを思い起こさざるをえなかった。
そうした建物の修復や防災対策に隣人として協力できることはないだろうか。
韓国はただちに復元の準備に取りかかるだろう。日本にも木造建築の修復技術などがある。知恵を貸す余地があるかもしれない。
南大門に限らず、韓国では最近、文化財の火災が相次いでいる。放火も少なくない。その反省も広がっている。
今回、消防と文化財庁の連携の悪さ、消防士の文化財建築への理解の乏しさが被害を広げたようだ。李明博・次期大統領がソウル市長時代に門の周りを市民広場として整備したのに、防災・防犯の面は手薄だった。
日本では、金閣寺が放火された前年に法隆寺の壁画が焼失したことをきっかけに文化財保護法ができ、自治体レベルでも様々な取り組みを重ねてきた。
例えば、京都市消防局予防部には文化財係が置かれ、市民や社寺の連携で「文化財レスキュー体制」ができている。奈良では、県警の文化財保安官が各地の消防と協力して文化財の防犯や防災に目を光らせている。こうした試みは、韓国にも参考になるだろう。
隣国の悲しみに思いを寄せ、歴史遺産の修復や保護に協力できれば、日韓の溝を埋めることにも役立つに違いない。
《朝日新聞2/14社説より》
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朝からこんな電波を浴びるとアタマ痛くなってきますね・・・ 今回の件で、日本は何の関係もないのですが。
←半ば常識でありますが、一応この写真を。
「日韓併合前後 朝鮮半島写真館」のトップにある、日本統治前と統治中の南大門の写真です。左の写真は太古の昔ではなく、たかだか110年前(1897年)。曲がりなりにも、一国の中心部の風景です。日本はそのとき、明治30年。京都帝国大学(現在の京都大学)が創立した年です。
上のアカヒの妄想作文、連中とその親玉・特定アジアの大嫌いな「日帝」が南大門をぶっ壊したような書き方になっていますが・・・
史実はどうなっていますか? 上の写真右の、白っぽい交番か警備の詰め所は、門破壊のための前線基地ですか? 両脇の緑地帯は何のためにあるのですか?
ネットで膨大な知識を共有できる現在、マスコミの放つ報道内容の信憑性など、誰でも簡単に判別することができるのですが。もちろん、それを見極める目も鍛えなければなりませんが。築地のなんちゃって新聞社は、いつまで事実をアサヒれば気が済むのでしょうか?
そして繰り返しますが、日本は今回の放火と何の関係もありません。カネを出そうと木材を出そうと知恵を出そうと、何か手をさしのべたところで、自分たちの功績として捏造されるのがオチです。歴史は繰り返す。歴史を教訓にしたとしても。
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↓で、決定打。もともとどうしようもなかった。
▼②数年前からホームレスの根城だった南大門
放火事件が起きた崇礼門(南大門)では、数年前からホームレスが夜間に楼閣へ上がって寝たり、ラーメンを作って食べたり、酒を飲んだりしていたという。ソウル駅やその周辺に集まるホームレスたちは口々に「崇礼門を根城にしている人は少なくとも5-6人いた」、「寒いときは空き缶をランプ代わりに暖を取って寝る人もいた」、「1週間前に行ったときにも、十数人が集まって焼酎を飲んでいた」、「夏には風通しのよい楼閣に30人程度が集まっていた。排せつ物のにおいが充満し、焼酎やどぶろくの空き瓶、菓子袋などが散乱していた」と証言している。
こうした内容を聞く限り、崇礼門はすでにずいぶん前から国の保護を受ける国宝としての扱いを受けていなかったようだ。ホームレスたちは工事現場から盗んできたはしご2本を監視カメラに写らない崇礼門の側面に建てかけ、出入りしていたという。
ホームレスらの証言によると、赤外線感知器の警報を受けた警備会社の職員らに追い出されることもあったが、深夜になると見逃してくれたり、現場に出てこなかったりしたという。
崇礼門を管理する中区庁は2005年に月12万ウォン(約1万3600円)という契約で崇礼門の警備を業者に依頼した。月12万ウォンとは、一般住宅向けのサービスと同等の額だ。国宝第1号の夜間警備が無人警備システム頼みだったというのも驚きだが、さらに一般家庭の契約料と同じ程度の費用で解決しようとしていたというのだから、呆れてしまう。
契約から2カ月後には、崇礼門にホームレスをはじめとする侵入者が予想以上に多いことから、警備会社が契約料を月額30万ウォン(約3万4100円)に引き上げてほしいと申し出て、契約内容が変更されている。管轄局はその時点で問題点を認識すべきだったが、昨年2月からは広告効果を狙って無料での警備を申し出た別の企業に、担当を切り替えてしまったという。
11日に逮捕された放火犯は2年前にも昌慶宮の文政殿に放火し、執行猶予判決を受けたが、その後も火を付ける文化財を物色していたという。放火犯は当初宗廟に目をつけていたが、夜間の出入りが難しいため「最終的に警備が手薄で、入り込みやすい崇礼門を選んだ」と供述している。つまり崇礼門の惨事は、起きるべくして起きたものだった。穴だらけの行政システムが、崇礼門を火だるまにさせてしまったのだ。
《朝鮮日報2/13社説より》
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・・・これでも、何かしますか?
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