アンケートの作文
うちの学校では数年前から、半期に一回、「学生による授業改善のためのアンケート」(=授業評価アンケート)というものを実施しています。今年度の前期までは、アンケートをするかどうかはその教員の希望に委ねていましたが、この後期からは義務化されます(厳しい外部評価に耐えるため・・・)。
また、アンケートの集計データをもとに、定期的に全学的な報告書(現物そのものは公表されていません、ダイジェスト版はうちの広報誌に掲載されます)を作っています。前回は、昨年7月に印刷された「2005年度版」です。いままさに、新しい報告書が仕上がりつつあるところです。
この報告書の大部分はアンケートの細かいデータですが、それに続いて、授業評価の検討委員のうち2、3名(=みんな教員)が書いた所感が載っています。これがけっこうテキトーw
明らかに、教務課が取りまとめたデータ集をほとんど見ないで徒然なるままに書いた、「やっつけ仕事」です。これ、小論文の試験の答案ならば最低点ですよ。与えられた資料を無視しているわけですから。
私は今回、この所感の執筆を任されました。全文が人目につくことはないでしょうから、ここに掲載しておきます。無論、盗作は厳禁。
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アンケート結果と「実感」
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私は本学で授業評価アンケートの制度が導入されて以来、少人数のゼミナール以外の科目で、必ずこのアンケートを実施してきた。その理由としてもちろん、独りよがりになりがちな自分の教育内容を改善するという義務感もあるが、それ以上に、今の学生が何をどう考えているのだろうということを知りたいからである。特に、自由記述欄には率直な感想や批判が書かれているので、いつまでも頭に残っている。
私は授業評価アンケートを、今日の学生の「貴重な意思表示の手段」と位置づけている。経済学部生の聴講風景を見ている限り、講義の内容を本当に理解しさらに自習しようという意欲の溢れる学生は、正直数える程度である。そもそも試験前にしか講義に出席しない学生は別として、こちらの話を食い入るように聴き、板書した以外の重要な点もせっせとメモをとり、講義後に質問に来る(それもたいがい即答するのが難しい)学生が、私が本学に赴任した頃は毎年たしかに存在した。あるいは、以前の学生はこちらの話に的確に反応することがうまく、笑うべきときはどっと沸き、静かにすべきときは自然と静まっていた。最近の学生は、何を言っても反応はなく、居眠りに余念がない。ただ、私語に関しては、毎年あるにはあるが数は少ないと思う。
今回の集計結果で、私のこのような実感はどれほど「当たって」いるだろうか。Q1の授業の出席状況を見ると、「すべて出席した」割合が全学で61.1%であるのに対し、経済学専攻(現在の経済学科)は52.3%、国際経済学専攻(現在の国際経済学科)は52.5%と、本学のワースト1と2である。これに「1~3回欠席した」を加えても、その地位に揺るぎはない。本学部の「大講義」の多くは、他の学部学科の講義に比べて履修している学生数が多いこともあってか、出席をとる機会が少なく、それがこの結果に表れているといえよう。
続いて、Q3の授業の予習・復習状況を見てみよう。「十分行った」と「少し行った」を合わせた割合は、経済学専攻23.2%、国際経済学専攻22.9%であり、これまた本学のワースト1と2である。出席者が多ければ、講義中に指名されて答えなければならない機会は非常に少ない。他方、Q4の授業中の私語と居眠りについては、本学部生が際立ってそれらの行為に「熱心」であるとはいえない。これは、居眠りをする学生は年々増えているが、私語はそれほど増えてはいない、という私の実感に合うものである。
そして、総合的な評価ともいえるQ8の授業の満足度を見ると、総じて経済学部生の「不満度」が高いことがわかる。不満の理由を聞いたQ10を見ると、「先生の準備と熱意」不足と「自分の積極的取り組み」不足の割合が高い。教員の姿勢に不満を抱きつつも、自分自身の消極性を反省している点は、なかなか興味深い。
ただ、どうすれば取り組みが積極的だといえるのかは、学生自身も深く考えていないのではないだろうか。少人数の講義ならば取り組むべき課題は明白であり、こちらからの指名や監視ができる分、各学生の役割と責任は重い。しかし、大講義科目においてやるべきことは、せいぜい期末試験やレポートでよい成績を修めるために勉強することくらいしか思い浮かばない。したがって、日常的に何をすべきなのかを、我々は学生に絶えず発信していかなければならない。
もちろん、我々教員自身が改めなければならない点も数多い。学生から聞いた噂では、遅く始まって早く終わる教員、もっぱら自著の教科書を朗読する教員、脱線がむしろ「本業」の教員もいるようだが、まず、お互いの授業を自由に観覧できるようにすべきだと私は常々思っている。私は赴任当時、同僚の授業を聴講したいと申し出て、妙なヤツだと思われた。しかし、実際に出席して、非常にためになった。誰に見られても恥ずかしくない講義をするためには、教員同士が無意味な隠し事をしないことが重要である。当たり前のようでいて当たり前にできていないことから、まずは始めるべきである。
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おわり。
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